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新田開発の苦難

新田開発は巨額の利益が期待できる半面、旱魃や水害の発生のリスク、開発地が水田に適さないなどのリスク、開発の難航による資金難のリスクがあった。多くの新田が水害で破壊され、新田に投資した商人には破産する者もおり、鴻池家などの大商人も新田開発でかえって出費がかさむ結果になった。

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新田開発失敗の例では、下総国の印旛沼や手賀沼があげられる。これらの湖沼では、近隣の農民たちが何度も干拓に挑戦したが利根川水系からの水の逆流によって失敗し続けた。田沼意次や水野忠邦らにより、幕府による巨費を投じた大規模な新田開発も試みられたが、水害による堤防や新田の崩壊、財政難、指揮を執った老中の失脚などにより中断され、いずれも第二次世界大戦後になるまで本格的な干拓・農地化は成功しなかった。

東北地方の各地、吉備の穴海・児島湾、有明海などで河口・沼・干潟の農地化・新田開発が進められ、農地が広がった。特に東北など、それまで辺境だった地域でも米の生産が急上昇して、その経済が潤い文化の発展に繋がった。

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2009年05月01日 10:06に投稿されたエントリーのページです。

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